今年のRAINBOW LIVEを見て感じたこと。

もう何年ぶりにRAINBOWを見たことだろう。

ディープパープル時代から大好きだったリッチー・ブラックモアがバンドを作ったと聞いて
ファーストアルバムを買って何度も聞いたものだ。
解散してからはブラックモアズ・ナイトを聞いていた。
随分音楽的には変わったが、リッチー・ブラックモア好きは変わらなかった。
奥さんの歌も素敵だったし、中世的な音楽にも興味があったので、すんなり受け入れられた。

YouTubeを見ていて、RAINBOWが帰ってきたことを知った。
ボーカルはロニー・ジェイムス・ディオの声にソックリだが、えらい若い。
よくよく見てみると、ロニーはロニーでも別人だった。
ドラムとベースはブラックモアズ・ナイトのメンバーのようだが
キーボードはイェンス・ヨハンソン ライジングフォースのメンバーだから知っていた。

実際にサウンドを聞いてみると、RAINBOWとブラックモアズ・ナイトを合わせたような感じだ。
ネットの反響を見ると、ズタボロだったが、それは昔のRAINBOWが戻ってくると楽しみにしていたからだろう。
当時のように、何キロ先まで聞こえるような音は出さず、ライブハウスでやるくらいの音になっているので
ファンには物足りないものになっていると思う。
リッチー・ブラックモアのギターも音数が減って、へなちょこになった感じだが
私はイングヴェイ・マルムスティーンに言った言葉を思い出した。
イングヴェイ・マルムスティーンが速弾きを止めた時が本物になると。
絵描きが有名になる頃には、抽象画でナンジャコレになるのと同じだと思う。
音数を減らしても聞かせることが出来る音楽がリッチー・ブラックモアの考えなのだろう。
しかし、それを聞いた昔のファンは、違うと思うはず。
これは好き嫌いだよね。

私は、これはこれで良いのじゃないかと思う。
ずっと同じように弾くのであれば何の成長もないと言うか、面白みのないもので
昔のビデオでも見ていれば良いものだと思う。

これからどんな音楽が出てくるのかがたのしみではある。



コメントを残す